妹がサイコパスになりたがっている話
「ねぇ兄貴。私ってオクトパスかな?」
帰宅するや否や、ただいまも言わずに投げかけられたその言葉に、
僕の思考は一瞬停止してしまった。
「...えっ...?なに?」
混乱する頭を無理やり回転させて、なんとか絞り出した言葉がそれだった
「私ってオクトパスかな?」
二回目。どうやら聞き間違えでは無いらしい。
とりあえずそのニヤニヤした顔をやめろ。何が嬉しいんだ。
彼女のこの発言の真意についていくつか候補を挙げて考えてみる。
①彼女は本当に自身のことを人間ではなくオクトパス(タコ)だと思っているパターン
②オクトパスとは何かの比喩表現であり、友人か誰かにそう評された...もしくは自身でそう感じるところがあって僕に意見を求めているパターン
③そもそも伝えたいのはオクトパスという言葉ではないパターン。オクトパスがタコだということを理解していないパターン。
まず①はないだろう。いくら僕が日ごろ彼女のことをコックカワサキとかババコンガ亜種とかバーバパパなどと揶揄していたからといって、それで自分が本当に人間かどうかを疑うような女ではないのだこいつは。
次に③だが、これもないだろう。いくら頭の悪い愚妹だとはいえ、流石にオクトパスくらいの単語は知っているはずだ。何しろ彼女は大学生なのだから。
そう考えると②の可能性が濃厚だ。身体的なものなのか精神的なものなのかはわからないが、彼女は自分とタコに何らかの相似性を見出しているのだろう(もしくは見出されたか)。
「タコではないと思うよ」
僕はそう答えた。現状妹からタコの要素は感じられないし、いままで長いこと一緒に暮らしてきたが、彼女から海の香りは一度も感じたこともない。
「タコ?なにが?」
おや?話が通じていない?
「タコの話じゃないの」
「私はいまオクトパスの話をしてるの。タコは今どうでもいいの」
まさか。
こいつ、③なのか。
「オクトパスってどういう意味か知ってる?」
「なんか笑いながら人を○したりする頭のおかしい人のことだって」
「...それはサイコパスじゃないか?」
「...それだ!サイコパスだわ!!」
③だった。本当に残念なことに、③だった。
久しぶりに激しい頭痛を覚えた僕は、息も絶え絶えに妹に言った。
「オクトパスは、タコだよ」
「知らなかった」
これが成人を迎えた大学生の言葉なのか。日本の教育はどうなっているんだ。
「ところで話を戻すけど、私ってサイコパスかな?」
お前はパスじゃなくてバカだ。
そう言いたいのをぐっとこらえて僕は妹に向き直った。
「何でそう思うの?」
「友達のAちゃんにそう言われたから」
ニヤニヤするのをやめろ。なんでそんなに笑顔なんだ。さっきから何が嬉しいんだ。
「なぜAちゃんはそんな事を?」
「私が『学校にテロリストが来て占拠してくれないかな~って毎日考えてる』って言ったらそういわれた」
「.............」
これは...これは...。
ちょっと痛い感じの中学生男子がよく学校で妄想するアレだ!!
なんてことだ。成人を超えた大学生である妹が今更厨二病を発症してしまうなんて!!
「ねぇ兄貴。私ってオク...サイコパスかな?」
彼女がニヤニヤしている理由がようやく分かった。
これは中学生ぐらいの男子がちょっと悪いことをしたのを友人に自慢げに
『俺ってやっぱワル?』
って語っちゃってるのと同義なやつだ。
ものっっっすごくイタい。
ここで僕が、
『お前めっちゃイタいよ。サイコパスじゃなくてただのバカと厨二病の合わせ技だよ』
と真実を告げるのは簡単なことだ。
だけど、目の前の妹は満面の笑みで僕の答えを待っている。
厨二病に厨二病だとそのままストレートに伝えるのは残酷すぎる。僕にはとても出来ない...。
「あっ!それに最近は『誰かが物を線路に落としちゃって学校への電車がとまればいいのに~』とかも思ってるよ!」
なんて事だ。ぼやぼやしている内に妹が思うサイコパスエピソードを追加してきてしまった。もう一押し!とでも考えているのかこいつは。
というか線路に人が落ちてほしいとかじゃないあたり絶妙にサイコパスじゃないし!!
これ以上妹のなんちゃってサイコ話を聞いているのは体がもたない。ここは兄としてズバッと言ってやらねば。
「あのな、妹よ」
「うん!」ニコニコ
「......お前は.............」
「うん!」ニコニコ
「.............お前は............」
「うん!」ニコニコ
「..........................サイコパスだよ............」
「やっぱりそっか~~!!!」ニコニコ
こうしてこの日、我が家にサイコパスが誕生した。
僕の頭痛は一週間続いた。
おわり
※この物語はフィクションです。
誰がなんと言おうとフィクションです。
誰か助けてくれ。